▽COVID-19 … 当たり前じゃない日常が続く。自分と家族の命を守るのが最優先課題。緊張、忍耐、防衛への覚悟。トランプ氏の言う “We’re at war.” の意味がそこにある。しかも敵の姿は見えない。皆と団結して、この “戦争” にどうしても勝ちたい。▽私の父親は「家父長」たる権威を当たり前のように振りかざすカミナリ親父だった。私が幼少の頃、父は夜を日に継いで司法試験の勉強をしていた。不合格を繰り返すうちに神経過敏になり、人格も悪化するばかりで、少しでも物音を立てようものなら、ひどく怒鳴りつけられた。ある夜、斜め向かいの家が 小火 (ボヤ) を起こし、消防車がサイレンを鳴らして駆けつけると、窓をガラリと開けて「うるさい!やめろ!」と大声で叫ぶ。消防士さんたちは 唖然 (当たり前)。そんなオヤジの権威が失墜する瞬間がやってきた。ある日、母と妹が台所で夕食の準備をしていたら、特大のゴキブリが出現したらしく、恐れをなした2人はキャーキャー騒ぎながら逃げ回っていた。そこへ階段を降りてくる足音。鬼瓦 (おにがわら) のような顔がぬっと現れて「一体全体、何事だ!!」「ゴキブリ? いい年をしてうろたえるな!」と母を叱る。「俺が退治してやる」と台所に一歩踏み込んだまでは良かったが、ゴキブリが飛ぶという当たり前のことを知らなかった。 (SS)
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▽「有り難い」の反対は「当たり前」。その昔、檀家の寺の住職が法話で教えてくれた。「朝、目が覚めることは、『当たり前』のことだと思いがちですが、朝になっても目が覚めず、そのまま亡くなる人も少なからずおります。日常生活を送っていると、多くのことが『当たり前』と感じますが、非常時になって初めて、わたしたちはその『有り難さ』を知るのです。この世界において、『当たり前』のことは何ひとつありません。すべては『有り難い』ことなのです」。村の小学校の仲間と一緒に、早く川遊びをしたくて、あくびをしながら聞いていた住職の言葉が、50年以上も経って聞こえてきた。▽「当たり前」と思っていた日々が突然、目の前から消えた。“対岸の火事” 気分でいたら、3月中旬、状況が一変した。社会インフラを支えて懸命に働いている医師、看護師、スーパーマーケットのスタッフの皆さんに感謝いたします。もし救いがあるとしたら、みんなが同じ思いをしているということ。朝が来ない夜はないと信じて、今、自分にできることを精一杯やっていきたい。▽『ゆうゆう』では毎週1回、ニュースレターを配信しております。新型コロナウイルス関連の救済措置などもアップデートしています。ご希望の方は http://bit.ly/2O0DZRm よりご登録ください。 (NS)
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sheau-ching-san.gif 出勤して、仕事を終えて、気楽にジムへ行き、マーケット、いろいろなお店で買い物、お友達とハグしたり、 ハイファイブしたり、握手したりなど、、、、毎日のルーティーンで当たり前のようにやっていたが、先月から新型コロナウイルス対策で、サンディエゴは外出禁止令の生活に入った! 感染者と死者がどんどん増えているので、 外出や移動が制限・自粛され、社会や経済に与える影響は想像以上!何も考えずにしていた、当たり前のことができなくなるなんて、信じられないまま毎日を送っている。何もかも全てオンライン!プラスメール、電話、テキストの生活になった! このようなハイテク社会になる前の生活を思い出すと、結構、不思議な感じ。昔は電話が高くて、数も少なかった時代。別に不便と思ったこともなく、楽しく暮らしていたが、今では考えられないよね。特に若い世代には。ハイテクのお陰で、このような時期でも仕事が続けられることに感謝!私たちを支えてくれている方々に感謝!一日も早く、通常の生活に戻れるように祈っている!! (S.C.C.N.)
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yoko 1か月前 (3月初め) には当たり前にしていたことが出来なくなった。毎朝、子供たちを学校にドロップしてから出勤する。必要なものがあれば、気軽にグロサリーストアや Target や Walmart などの店に寄る。週末は、友人たちとキッズを公園に連れて行ったり、家族でビーチに行ったり、動物園やシーワールドへ行く。たまには一人でカフェに行き、くつろぐ。。。すべてが当たり前の日常だったのに、COVID-19の感染が拡大するにつれ、学校はなくなり、公園、ビーチ、アミューズメントパークは閉鎖になり、食料品、日用品の買い物に行くのも大変+出来るだけ回避したいものとなった。今では、子供たちも毎日家にいるのが当たり前になりつつある。朝起きると、まず YouTube で Cosmic Kids Yoga。朝ごはんの後はアートクラス、それから勉強。勉強が終わったら Lego やブロック、人形やミニカーなどで室内遊び。飽きてきたら、タブレットでゲームやキッズショーを観る。これからディスタンスラーニングも始まる。皆でがんばって乗り越えて、一日でも早く元の生活に戻れるように願っている。(YA)
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reiko-san 当たり前の日常が当たり前に続くことの幸せさ。忘れがちだけど、本当だなと思う。時として当たり前の日常は、前触れもなく突然寸断される。そんな時、当たり前の日常を送ることができていたことがいかに幸せであったかを思い知る。△母が深刻な病気にかかったと連絡を受けた時。両親はいつまでも元気にいてくれると安心しきっていた私は、一気に奈落の底へ突き落とされた。治療の甲斐もなく死に向かう母を前に、私は母と過ごした今までの時間に想いを馳せた。いろいろと衝突もしたし、ケンカもした。あまりの口うるささに閉口したこともしばしば。でも、私たちを愛情たっぷりに育ててくれ、頼りになる母だった。いなくなってしまって、母の存在の大きさに改めて気づく。母が亡くなって数年経つ。母のいない日常生活が当たり前になってきているような気がして複雑な気持ちだ。△新型コロナウイルスの影響で、当たり前だった日常生活を当たり前に送ることのできない状況が続いている。先が見えず不安が尽きないが、ここはもう自分にできることを真面目にやるしかない。手を洗う、外出はなるべく避ける、マスクをしてくしゃみや咳の飛沫を飛ばさない。そしてこんな時だからこそ、 周りの人への思いやりの気持ちを忘れないようにしたい。 (RN)
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suzuko-san 最近、私の周りで起きた、これが「当たり前?」と首をかしげたくなるような事実を紹介しよう。彼女は、日本からの弱冠25歳。外国の家庭で子どもの世話をする若い人たちを紹介する国際的なプログラム「Au Pair (オペア)」から送られてきた、大学出の日本女性。そのプログラムの応募者は、外国で一般家庭に入り、共に生活をする。食住、車+月々の給料が支給されるというもの。応募者は、給料をもらいながら外国生活が経験でき、その国の言葉も学べる、という一石三鳥、若人にとっては嬉しいプログラムなのである。そのプログラムから前述の女性が、私が仕事で関わっている家庭に送られてきた。彼女の到着当日、雇い主は空港に彼女を迎えに行く。すると彼女は「友達が今日、日本から着いているので、ホテルに送って行ってほしい」と、雇い主をタクシー感覚で使おうとしたというではないか。雇い主は勿論、即座に断った。その1、2か月後には、仮にも彼女にとってご主人様、雇い主の洋服を、寒いからという理由で許可も得ず勝手に着ていたという。これらは彼女にとって「当たり前?」なのか? 一体どういう感覚? どういう教育をされれば、こんなことができるのか?これが最近の若い日本女性の「当たり前」でないことだけを祈るのみである。アーメン! (Belle)(Belle)
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jinnno-san 1月あたりの編集後記を覚えている方は、いらっしゃいますかぁ。その時、わたしは、わたしには去年と同様、大事なミッションがあるとお伝えしてました。それは、、日本から持ち帰った健康診断用けXべX採取!(← あとで分かるよ 笑)。でも、昨今のコロナウィルス問題で、心はけXべXどころではなくなってしまった。まず、うXこするにもトイレットペーパーが限られているので、おちおち行けないし、1日に何度もするワケににもいかない。けXべXキットは、2つあるうちの1つは失敗済み (どうやったら失敗するのか 笑)。あと一度しかないチャンスを決して逃してはならない。もう1月から採取を試みているのに、3か月後もまだダメ。と、去年も同じ状況だったので、去年、↑の人に話したら「え?朝起きたら、ツルンと出ないの?」 と簡単そーに言うではないか。「それってみんなそうなの?」「そう」 「う、うそでしょー?!」・・・わたしの場合は、毎日出ないし、出ても、いつでもどこでも (笑) お好きな時間にひょっこり出て、起きてすぐに出ることはまずない。その時、朝べXが、世間一般では当たり前のこと、と生まれて初めて知ったのであった (おそっ! 笑)。(りさ子と彩雲と那月と満星が姪)
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Covid-19の影響で、数か月前には普通に会社に行き、普通に学校に通っていた人々の生活がガラリと変わってしまった。誰がこんなこと想像できただろう。娘たちは、毎日先生から送られてくる課題をオンラインでチェックし提出している。この影響で、家にいる時間が長くなったため、家族と過ごす機会が今までよりも多くなり、会話も増えたので、悪いことばかりではないが、やはり今まで当たり前に送っていた普通の生活が恋しい。外を散歩していても、人とすれ違いそうになると反対側の歩道へ移動する人もいれば、距離を置いて通り過ぎるのを待つ人もいる。スーパーに行けば、レジの人と客の間には透明のボードが設置され、フロアには距離を保つためのテープが引かれている。こんなにも人との距離を意識したことは今までになかった。Covid-19がいつか終息し、普通の生活に戻るころには、皆が人と距離を置くことが当たり前になっていて、果たして以前のような日常が回復するのだろうかと、ふと思ってしまった。屋外で人と挨拶を交わしたり、気楽に会話していた生活が、こうも変わるとなんだか寂しい。早く平凡な生活に戻れることを心から願う。 (SU)


(2020年4月16日号に掲載)