間に合う/間に合った

shinji-san.gif ▽ 出版業務に携わる者の最大責務は「締切に間に合わせる」こと。そんな枷 (かせ) を掛けられて30年。何かに追われる心理状態が延々と続き、休日でも「仕事」を持ち込む不幸な習性が顔を出す。森鴎外の小説『妄想』にこんな一節がある。「生まれてから今日まで、始終何物かに笞 (ムチ) 打たれ、駆られている。(中略) これが (人) 生だとは考えられない。その背後にあるものが真の生ではあるまいか」。陰に隠れている「生」とは何だろう? ▽ 20代の頃、サラリーマン生活に行き詰まっていた私は会社を休み、ぶらりと房総半島へ出かけた。館山市の平砂浦 (へいさうら) は北西に富士山、南に大島を望む景勝地。心を和ませて帰ろうとしたら「お急ぎの方は、東京行きの急行列車にお乗り換えください」とのアナウンス。条件反射的に乗り換えようとした私は、その瞬間ハッとした。「1時間早く着いて自分は何をする? 帰宅して夕食を取り、寝て、朝起きて会社へ。この循環の行き着く果ては死ぬことか・・・」。私は普通列車に戻り、西日の茜 (あかね) 色に染まる美しい富士山と鱗 (うろこ) 雲がたなびく空を眺めていた。▽ 森鴎外が意味を疑った「全精神を傾けて現在を生きる」姿と、「現実は夢幻の世界と悟る」諦念の間を不安定ながら行きつ戻りつするのが理想の生き方なのでは。 今、それを思い出して、実践しようとする自分がいる。人生は終盤に突入したが、まだ間に合うかな。 (SS)
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sato-san.gif その昔、新宿から深夜バスに乗って、友だち数人とスキー場へ向かった。その日は連休中の夕方。渋滞にはまり、バスが全然動かない。そして、なぜか急にお腹が痛くなった。友だちは隣りでボーイフレンドとのいざこざを話してくれるが、頭の中はオトコどころではない! トイレ、トイレ、トイレ・・・。「次のドライブインまでもうすぐ」「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせるものの、お腹の中が大噴火直前のマグマ状態。ビルの明かりを見ると、一体、あのビルにはいくつのトイレがあるの、ひとつ貸してほしい ・・・。懸命に腹痛の波を忘れようと頑張るも、痛みは増すばかりで冷汗が流れ出す・・・。このまま消えてなくなりたいとさえ思った、その時、「トイレに行きたいんですけど」と男の声。「あの料金所の地下に事務所があるから、そこのトイレを使ったらいい!」と運転手。「私も、お願いします」と告げて、料金所の螺旋階段を駆け下り、そのイケメンより先にトイレに駆け込んだ。「間に合った!」。大きな料金所の下にトイレがあるということを、その時初めて知った。そして、今度はバスに戻るのが恥ずかしくなったが、「すみませ〜ん」とそのイケメンと2人で運転手と乗客に詫びると、車内は拍手喝采。皆の温かさに感動しながらも、恥ずかしくて本当に消えてなくなりたいと思った。あれ以来、コーヒー牛乳は飲まないようにしている。 (NS)
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sheau-ching-san.gif 4月はお母さんの81歳の誕生月。。。一昨年の5月のある夜、病気をしていた母の体調が急に悪化し、妹から急遽入院したとの電話が来た。慌てて実家のある台湾までの航空券を旅行代理店の友人Aさんに手配してもらった。サンディエゴからの直行便には空席がなく、ロサンゼルス発の台湾直行 China Airline に。家、会社の仕事が何もできないまま、翌朝、友人Kさんにお願いして、夫と私をLAXまで送ってもらった。チェックインの際、夫のEチケットはOK、私のプリントチケット (名前が長すぎたため?)は何と「本物じゃない」と言われた!! 「そんなはずがない、クレジットカードで2枚を購入した!」と言っても「確認できないから、もう1枚のチケットを買わないと」と言われた。手配してくれたAさんに電話し、1時間以上掛かって何とかクリアになった。その後、16時間のフライトで空港に着き、迎えに来てくれた妹の車に乗り、病院へ。家族全員に囲まれていた意識のない母に会い、90分後に母が別世界へ。とても辛い旅だったが、母の臨終に間に合ったので、救われた気持ちだった! 私を待っていてくれた母とヘルプしてくれた友人たちに心から感謝! (S.C.C.N.)
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yoko 「間に合う」といえば、毎朝の通勤、通学。今は車通勤、カレッジも車通学、日本の短大時代、高校時代は自転車にJRに路面電車かバス、中学時代は自転車通学、小学生時代は徒歩通学。その徒歩通学が一番大変だった。学区から一番遠い地区に住んでいたので、学校まで子どもの足で1時間ぐらいかかっていた。朝は同じ学校に通う近所の子どもたちと一緒に登校することになっていた。隣りに仲の良い従姉妹 (いとこ) たちが住んでいたので、いつも一緒に学校に行っていた。1学年年上の従姉妹はとてもマイペースで怖いもの知らず。道草をしてみたり、「近道しよう!」と言って、決まった通学路を通らずに、かえって遠回りになったりで、たびたび遅刻していた。従姉妹が大好きだった私は金魚の糞 (フン) のように彼女についてまわっていたので、やはり始業時間に間に合わなかった。遊びもいろいろ面白いことを思いつくのは彼女だったが、ほとんどが後で親に叱られる遊びだった。。。そんな従姉妹はあっという間に結婚して、3人の子どもたちのお母さんになり、一番上の子がもう高校を卒業したそうだ。時間の流れは早い。彼女が毎日を幸せに過ごせているといいな。 (YA)
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reiko-san 根が小心者の私は、何事もギリギリに間に合わせるのが苦手だ。誰かと会う約束があれば、余裕を持って間に合うように出かけるのが好きである。独り身のときは、時間配分も自分の思う通りに計画できてよかったのだが、子供が生まれ、その子と一緒に行動するようになると、思い通りに事が運ばず、約束の時間に間に合わないということが多発するようになった。時間の余裕をたっぷり取ってあったはずなのに、出かける間際にトイレだ、服が汚れた、あれがない、これが見つからないと必ず何かが起こって、たっぷりだったはずの時間がどんどんなくなり、大急ぎで約束の場所に向かうことになるのだ。新米ママだった頃はこれがとてもストレスで、キリキリとヒステリックになりがちだったが、人間は経験を重ねると賢く強くなるもので、余裕をたっぷり取ってあるはずだった・・・ の上に、さらに余裕を持たせられるようになった。そして、ちょっとやそっとのことでは動じない図太い神経が育った。ただ、これは私のすべてに当てはまることではないようで、毎回このスタッフ閑談は、原稿提出締切日に間に合わず、編集長に迷惑をかけている。いつもどうもすみません! (RN)
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suzuko-san かつての知り合いに、100回待ち合わせたら150回遅れる、という表現が過言ではないほど、毎回、毎回遅れる人がいた。私は時間には、できるだけ遅れないように出かけるが、約束より早く行くタイプでもない。それがよく表われているのが、新幹線や飛行機に乗る時、ぎりぎりに家を出る悪い癖がある。で、道が混んだ時などには、駅構内や階段を走って、走って・・・。出発ホームにぜいぜいはあはあ言いながら着くと、向こうから列車が入ってくる。「ほっ! 間に合った!」というパターンがけっこうあるのである。こういう綱渡り的なことをしていても、ただの一度も遅れたことがないから、この悪い癖はいつまでたっても治らない。自身の悪癖とは別の話だが、ポルトガルのポルトからマドリードに行こうとしていた時。いつまでたっても発車しない。アナウンスもない。で、遅れること1時間。やっと発車したと思ったら、次の駅でまた1時間停止。「ああもうだめだ、乗り継ぎ便に間に合わない」。深夜に全く知らない町で言葉も分からず、どうするんだ?!と道中不安だらけ。泣き出しそうになった。で、午前2時半に乗り換え駅に着いたら、乗り継ぎ便が待っているではないか! 走った、走った。間に合ったあ~!!! 車中での深夜のビールの味は超格別だった。 (Belle)
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jinnno-san 普段は肝が据わっていて、ビビることや慌てることはあんまりないのだけど、一つだけ必ず緊張して眠れないことがある。それは「時間」。特に、飛行機の搭乗時間。まだ新幹線は1日に何本もあるし、JRパスだったら乗り遅れても (指定席なのにごめんなさ〜い ← ヒドい) 電車賃における金銭的ダメージはないし、時間的に何日もロスする訳ではなかろう。しかーし! これが飛行機だったら … 考えるだけでも、恐ろしや〜。乗る何時間も前から時刻表を何度も見直したりして、空港へ向かう。ある時、国際線で … カウンターに超余裕で着いて航空券を見せたら、、どうも様子がおかしい。ん? 早過ぎた? いや、違う。なになに?! … 出発日が、1日ズレてたーーーっ!(爆!)。しかも1日遅くて間に合わなかったー! (笑)。もう一つ … 国内線 。同じ空港内でただ搭乗口を変えるだけの、かーんたんな乗り継ぎのハズだったのに … 待ち時間に気分良くバーで飲んでいたら、、時間ギリギリになってしまい、搭乗口に慌てて走って行ったら「ゲートは今閉めます」と、目の前で怖い顔した航空会社クルーにピシャッと弾かれたー!! 教訓:飛行機の出発時間だけでなく、日付も見る! ← 当たり前〜 笑。待ち時間はおとなしくゲート前のイスで待機! ← 守れるのかー?!笑!。 (那月と彩雲と満星が姪)
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学校の時間(昔)、通勤時間(昔)、人との待ち合わせなど、時間には結構厳しい方で、自分ではかなり余裕を持って支度をするタイプだと思う。しかし、仕事の締切だけは自分のペースでという訳にはいかない。私が以前に勤めていた日刊紙の会社では、広告制作やページのレイアウト、そして入稿データを印刷所に送ることが担当だった。そのため、一日の中で締切が時間ごとやってくる。最終作業の入稿データの送信は、最低午後3時半までに送らないと印刷に間に合わず、翌日、新聞が発行されないことになる。毎日が時間との戦いで大変だったが楽しくもあった。もう一つ、日本の地元の某放送局で、デザイン制作と字幕テロップの仕事をしていたことがある。これもまた時間との戦いで、とても心臓に悪かった。午後6時に始まるニュースをアナウンサーが読み始めても、そのニュースに入れる字幕テロップの依頼が数分前に来る。字の間違えをしたりすれば、字幕は出せない。タイプしながら心臓の鼓動が激しすぎて、手が震えていたのを今でも覚えている。間に合えばすごい達成感、間に合わなければ地獄という感じであった。今は仕事は自宅だし、そんな緊張をすることはなくなったが、時々、あの頃の緊張感が懐かしく、またやりたいとさえ思ったりもする。 (SU)


(2017年3月16日号に掲載)