Thursday, 28 March 2024

ゆうゆうインタビュー 水野 和行

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宝石デザイナーの具体的な仕事内容を教えて下さい。

ロサンゼルス郊外のローリングヒルズで宝石店「アート・オブ・クリエーション」を経営し、世界各地から宝石の原石を探し出して、研磨、カット、デザインの一連の作業を通してアクセサリーを作っています。1年のうち7か月をアメリカで、5か月を日本と東南アジアで過ごしています。弊店の場合、お客様の7割がカスタムメイドの宝石を好まれますので、お客様一人一人の宝石をデザインしています。

これらの作業の中で最も留意している点は「生きている石」を探すことです。そして、デザインで一番心掛けているのは「お客様の魅力を宝石によって表現する」ということです。これは宝石デザイナーという職業の最大の任務です。私は宝石を知らない方々をこの魅惑の世界へと導く水先案内人だと思っています。欧米人と日本人では容姿、背格好、手の大きさが違いますので、日本人に似合うデザインを追究しながら最高の装身具である宝石を作っているのです。


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中学校の臨海学校での記念写真
——宝石に興味を持った時期は。

私は幼い頃、自分とは血縁のない近所のお婆さんにとても可愛がられていました。東京・新橋の芸者さんでしたが、ほとんど毎日のようにお婆さんの家で過ごして、長唄や三味線などを聴かされていたのです。成人してからその記憶を辿ってみると、美、色気、粋 (いき) とは何ぞやということを教えてもらったような気がするのです。芸を極めた方でしたから、美に対する追究度は一般人のレベルを越えていました。そのお婆さんが「宝石の道へ進みなさいよ」と私に示唆してくれたような気がするのです。

中学、高校の頃になると、自然の美しさを写真に収めるようになっていました。父親が手描き友禅をしていたことや、近所に簪 (かんざし) や帯止めを作る職人さんたちが住んでいたこともあり、美しいものに対する感性が研ぎ澄まされていきました。特に、刀の鍔 (つば)、茶釜、宝石などを作ることに興味を引かれていた私は東京都立工芸高校・金属工芸科に入学しました。同級生の7割近くは親の稼業が宝石関係という環境でした。そんな16歳の夏、同級生の家に遊びに行って、その子のお父さんに見せて頂いたダイヤモンドとエメラルドに魅せられてしまったのです。本物の宝石を初めて見た瞬間でしたが、胸の高鳴りを抑えることができませんでした。こんなに素晴らしいものがこの世にあるのか…と。この時から宝石についての興味が尽きることなく湧いてきたのです。


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宝石の魅力を一言で言うと。

宝石は母なる大地が生み出した最高の芸術品だと思っています。掘り出した原石を磨き上げてカットする。そこに宝石の魅力が生まれます。それは赤ちゃんを取り出すような感動の瞬間なのです。最終的に研磨剤を取り除く時、宝石の中から出てくる確かな息吹が感じられて、力が備わるのです。宝石にはロマンがあります。近年、マダガスカル島で採掘される宝石が注目を浴びていますが、地図で確認すると、対岸に向き合うアフリカ大陸の海岸線がマダガスカル島の形と一致することから、長い歳月を経てこの2つの土地が分離した事実が分かるのです。マダガスカル島産と同じ宝石がアフリカ大陸でも見つかる理由を知る時に、さらに深い魅力を感じてしまうのです。


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日本の宝石卸会社に勤務していた頃。真珠の講習会にて
—— 宝石デザイナーを志望した理由は。

高校卒業後、宝石学校で2年間勉強した後、東京・御徒町にある某宝石卸会社に4年間勤務し、デザイン制作と小売店への宝石紹介の仕事に携わりました。同時に、某宝石研究所で鑑定について勉強し、週末になると店巡りをして宝石を見て回っていました。

渡米してロサンゼルスのダウンタウンに宝石の卸専門店を開店し、日本で従事していた仕事と同じように宝石の小売店の方々をサポートする立場にいたのですが、そんな日々を繰り返しているうちに疑問が生じたのです。自分が製造した宝石を身に着けるのはどんな人だろう? 私が手掛けた宝石は喜ばれているのだろうか? その回答を得るには、自分がお客様と直接に関わる以外にないと思うようになりました。そんな時、友人を介してある人に宝石のデザインを施す機会が与えられたのです。それを機に、一般客向けにデザイン制作をする仕事が口コミで舞い込むようになり、自然にお客様が増えてきて、現在に至っているというわけです。


——宝石の探し方とは。

私が最近扱っている宝石は東南アジア産とアフリカ産が多いのですが、特にバンコク、香港、インドに世界各国の石が集まることから、これらの国々へ探しに行きます。アメリカではアリゾナ州ツーソンで開催される世界最大級のコンベンションにも参席しています。ここには世界の石が集まるだけでなく、新しい宝石の情報を得ることもできます。仲間同士で「こんな石が見つかった」と自慢の石を見せ合う情報交換のひとときは最高ですね。人と人が繋がる機会も宝石が提供してくれるので、この世界には言い尽くせない魅力があります。言うまでもなく、宝石の鑑定は重要な仕事ですが、私は先ず鑑定を越えた視点から石を見つけます。つまり、ポジティブなパワーが潜在している石かどうかを見定めた上で宝石を探すのです。


—— デザインの発想はどのように。

寝ている時にデザインのアイデアが浮かんでくることが多いですね。ですから、ベッドの横にスケッチブックを常備しています。夜中にふっと目が覚めた時に頭の中に現れたデザインを素描しておき、そのストックを溜めていきます。後日、時間を置いてからスケッチブックを再び開くと、素描されたラフなアイデアを冷静な判断力で参考にすることができます。こうしてデザイン制作に取り掛かるというパターンがほとんどですね。デザインは1日に5~6案も出てくる場合もありますが、そういうケースばかりではありません。


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宝石市場を視察にタイを訪問
—— 渡米した理由は。

1978年にホテルオークラで開催された「ミス・ダイヤモンド」の王冠を制作した数カ月後に、ティファニー・アンド・カンパニーの30~40年前の古い宝石を見る機会がありました。その宝石の研磨作業や修理加工の仕事を2~3週間担当しているうちに、宝石の作り方のコンセプトが日本とアメリカでは全く違うことに気付いたのです。日本では「これを作る際の規則と手順はこうだ」という教え方が基本なのですが、アメリカの宝石業界にはそのような型にはまったルールが感じられなかったのです。そして、日本の宝石業界の通念や常識は世界では全く通用しないことを悟ったのです。…衝撃を受けました。この作業が終了した直後、「アメリカへ行く!」と100%の決意を胸に抱いている自分がそこにいました。

アメリカに非営利組織が運営する GIA (Gemological Institute of America=1931年に宝石学の教育機関としてカリフォルニア州で設立されたアメリカ宝石学会) という鑑定士を育成する学校がありますが、そこに在籍または卒業した日本人の知り合い数人がいましたので、1979年5月に彼らを頼りに渡米しました。


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水野さん自慢の作品
—— アメリカで学んだことは。

先ず自分が楽しまなければ、相手 (お客様) も楽しめないという原則に気付いたことですね。それには、自分自身が自由に発想できるという環境が不可欠なのです。規則や手順で全てを片付けるのではなく、飽くまでも「どうすれば楽しめるか」に重点を置いて宝石を探す、宝石をデザインする、お客様一人一人の個性を引き出していくという、その一連のアプローチこそが重要だということを悟りました。

異文化からも多くを学びました。各国の文化の多様性に匹敵するように、個人の物の見方がそれぞれ違うということです。特に、カリフォルニア州は世界各国から人々が集まる文字通りの「人種の坩堝」ですから、宝石に対する見方も様々で、宝石デザイナーとして学ぶことが数多くあるのです。

アメリカの宝石から学んだことは「遊びがある」ということでしょうか。これも言い換えれば「楽しむ」ということになるのですが、空間を巧妙に利用したデザインが多いのが特徴です。日本の宝石は「高さ7ミリで作る」などの細則が存在して、どちらかというと整然としたもの、完璧なものを宝石に求めます。例えば「このサイズなら、こういうデザインで行け」という至上命令が下ります (笑)。スキが無いものを作ることを重視しているのです。


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LA・ダウンタウンで開店 (1983年)
—— 座右の銘は。

先程も述べたように、芸者をしていたお婆さんから私に与えられたテーマ、「美、色気、粋とは何か」を宝石デザイナーとして今後も追究していきたいと思っています。ですから「初志貫徹」が座右の銘です。理想として掲げたこと、決心したことは最後まで貫き通すということです。利益に走ったり、売上の数値を追い求めるのではなく、如何にすればお客様に喜んで頂けるかを熟考しながら宝石に携わっていきたいと思います。宝石に対しては、偽りの無い心を持ち続けて、初めて宝石を見て胸が高鳴った素直な気持を忘れずに精進していきたいですね。


——宝石デザイナー冥利に尽きる瞬間とは。

大規模な宝石コンベンションに出向いてみると納得すると思いますが、何千、何万社という星の数ほどの宝石関連業者が存在していながら、心から宝石を愛している人は少ないのです。その中で、自分と同じように宝石の世界に耽溺している方々に出会うことが何よりの幸せです。

例えば、珍しい宝石を前にして感想を述べ合う時、たった一言で宝石商のお互いの目が輝き、心が通じ合う瞬間がありますが、これが至福の時と言えるかもしれません。宝石業界には各自が見つけた自慢の石を披露し合うという喜びがあり、それは商売を越えた次元の世界なのです。

たまたま仕事の商品として扱っているのが宝石というのではなく、宝石を扱う仕事にもっと携わりたいという本能が日増しに強くなってきています。宝石の魅力を知らない人にこの醍醐味を伝えたいと、心の底から願いながら宝石と接していますので、それがお客様に伝わり、私の気持が理解された時に深い喜びを感じます。お客様の笑顔に囲まれて生きている自分は何という果報者だろうと思ってしまいます。


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アメリカの仲間たちと (写真右が水野さん)
——将来の夢は。

人間の笑顔ほど素晴らしいものはないと思うのです。皆さんのその笑顔を、もっともっと宝石で引き出してあげたい。ですから、一人でも多くの方の笑顔を宝石で作っていくことが夢ですね。宝石は人々に思い出を授けてくれる「美しい媒体」ですから、そんな使命感を持ち続けながらお客様に宝石を提供していきたいと思っています。


——最後に、宝石を選ぶ際の注意点を教えて下さい。

「宝石は高価なもの」と思っていらっしゃる方が多いですね。宝石店へ足を運ぶと、宝石そのものより、商品に付いている値札が気になってしまう方が多いのもむべなるかなと思います。でも、値段を見る前に、ご自分で宝石が持つパワーや神秘性を感じて頂きたい。つまり、価格に関係なく、宝石を楽しみながら眺めてほしいのです。宝石は女性が身に着ける贅沢品のみならず、男性の方にもロマンを理解して頂ける、美しくも不思議な魅力を湛えた世界であることを強調したいのです。

宝石の深い魅力を理解せずに利益だけを求めて販売している宝石店も多いので、ご自分の良識で弁別することが大切です。最近は人造石が多く出回っていますが、宝石店によっては人造石だということをお客様に伝えずに販売している現実も見受けられるので注意が必要です。例えば「着色されたイエローのダイヤモンド」を「天然のイエローダイヤモンド」と聞こえるように商売している宝石商も存在しています。偽の保証書や鑑定書を発行している店もあるので、これも要注意です。

高価だからこそ良質と考えずに、ご自分の好みで、素直に宝石の素晴らしさを感受することがポイントです。高価な装身具だから美しくなるのではありません。その宝石を美しいと感じる心こそが、あなたを美しくさせてくれるのですから。

(2004年12月16日号に掲載)
 
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