期待

shinji-san.gif 今回は私の趣味アストロロジー (占星術) の観点から—— (メタフィジカルな内容ですみません)。占星術上の12個のハウスは3種類の性質を持つグループに分かれ、それぞれ Ⓐ アンギュラー (angular = 1、4、7、10番目のハウス)、Ⓑ サクシデント (succedent = 2、5、8、11番目のハウス)、Ⓒ カデント (cadent = 3、6、9、12番目のハウス) と呼ばれる。生誕時の星が集中するグループを知ることで (最大の影響力は太陽)、その人の生きる姿勢が大雑把ながら見えてくる。ざっくり言えば Ⓐ は “今を全速力で生きる” 現在型。 Ⓑ は “期待感で生きる” 未来型。 Ⓒ は “思い出で生きる” 追憶型。成功者が最も多いのは Ⓐ で、泳ぎを止めないカツオのようにエネルギッシュ。Ⓑ は将来への希望を常に抱いている。期待が外れても新たな理想を追い求めるポジティブさが身上。Ⓒ は素晴らしい記憶があれば、いつまでも幸せに生きていけるが、忌まわしい体験は深いトラウマになりやすい。旅行で例えるなら、Ⓐ は現地調達型の行き当たりばったりタイプ。Ⓑ は期待度が高いので、最高の旅にしようと綿密にスケジュールを練り上げる。Ⓒ はお気に入りの場所へ何度も出掛けるリピーター。・・・ となりそうだ。自分は期待感の強い Ⓑ タイプ。 (SS)
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sato-san.gif ▽期待その ①:早くメディケアに加入したい。今回の特集記事で調べものをしていて、病院からの請求書を見せ合う投稿掲示板を見つけた。救急車で運ばれ2日間入院で約$27,000、息子の20日間の入院費が$450,000、盲腸の手術で約$37,000、医療請求額
$2,422,772.45等々。自己破産した人の6割以上は医療費が原因で、そのうちの8割以上が保険に加入していたという事実も納得できる数字だ。米政府が提供する高齢者向け医療保険メディケアは65歳にならないと加入できない。還暦を越えた身としては、病気厳禁の最も過酷な状況におかれているのだ。▽期待その ②:幸せな引退生活。友人知人が次々とリタイアしている。「そば打ち、陶芸、テニス、ゴルフ、ダンス、クルーズ、そして孫、全部飽きちゃった。何か面白いことない!?」 とLINEをしてくる友人。何を贅沢なことを言っているのかと思いきや、そんなリタイア組が多いらしい。いざ、引退生活が始まって、やりたいと思っていたことをして毎日を楽しんだりしても、一年もたたないうちに飽きてしまうらしい。生涯を通して熱中できるもの、情熱を傾けられるもの等々、引退してからの目標をあらかじめ用意しておくことは、定年後の暮らしを幸せに生きるために、とても大切なことかもしれない。 (NS)
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sheau-ching-san.gif 6月の始めから風邪を引いていた。体長不良のまま、仕事も運動も通常通りに続けてきたせいなのか、何週間たっても風邪が全然治らない! そして、咳が止まらなくなるほど、どんどんひどくなり、夜中も咳に悩まされ、何回も起きていた。6月の末、ある日の朝4時、左胸に急激な痛みを感じ、「これは、もしかしたら heart attack?」と結構心配していた。とりあえず痛み止の薬を飲んで、またベッドに戻った。その日の午後、会社を早退して Kaiser 医院へ行き、先生に診てもらった。何と、風邪と咳から肺炎になってしまっていたと診断された! ショックを受けたが、仕事を何日間か休んで、安静にしていた。私の体調確認のため、何回もナースと先生から電話が掛かってきた。今までの経験では、アメリカの病院に全然期待できなかったけれど、過去に通っていた病院よりもサービスが良いので、本当に助かったし、嬉しい! 完全に回復するまで、まだまだ何週間もかかるけど、頑張ります! (S.C.C.N.)
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yoko 親は子供にいろいろ期待してしまうものだ。母は昔、長女の私の将来を期待していたようだ。4才からピアノを習わせて「将来はピアニストに〜♪」なんて言っていた。が、才能もなく、いつまで経っても上達しない私を見て、そのうち諦めたらしい。その後、テレビの影響?か「将来、娘はスチュワーデスに!」 と言っていたが、ちびっ子の私を見て「身長が伸びないから駄目ね。。。」と諦められた。その後も 「通訳はどうかしら」と言っていたが、私の出来が良くないので、そのうち何も言わなくなった。妹に対しては、私で懲り、娘たちに期待するのはもう止めたらしく、「お姉ちゃんと同じ高校に行けばいいんじゃない?」と急に簡単になった。うちも息子が生まれた時、夫が「将来は野球選手にする」と期待していたのだが、5才の息子を見て「スポーツマンタイプじゃないな。。。」と軽く諦めている。今は3才の娘に「将来、ガールズドラマーに!」と期待を込めているようだ。一方私は、新学期からの娘のプリスクールに期待を込めている。「学校に行くようになったら、もう少し聞き分けの良い子になるんじゃないかな」と。 (YA)
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reiko-san

前々回のスタッフ閑談でも書いたが、毎回日本に帰るとき、私が期待に胸を含まらせるのは、卵かけごはんを思う存分に食べることである。アメリカに住んでいると、サルモネラ菌がどうのこうのと気になり、生の卵を食べるチャンスがあまりない。炊き立ての熱々ご飯に、新鮮な卵を割り入れて、醤油をたらし混ぜて食べる日本のソウルフード(と私が勝手に思っている)。おいしい~! 現在、日本に帰省中。日本に来てから数週間たつが、今回はまだ1回しかその卵かけご飯を食べていない。寿司、お好み焼き、焼き肉、天ぷら、ステーキ、飲茶、うどんにそうめん、いろいろ美味しいものを食べ歩きすぎて、何もないときの定番、卵かけご飯を食べるチャンスがなかったのだ。サンディエゴに帰るまであと数日しか残っていない。これはピンチ!! 今日からは実家で食事をする日が持てそうなので、毎日卵かけご飯を食べるぞ~。冷蔵庫には先日スーパーで厳選したおいしそうな卵たちが待っている。 (RN)

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suzuko-san 期待に胸を膨らませれば膨らますほど、それが叶わなかった時の「がっかり感」。その落差に幾度となく疲れさせられても、それでもまだ懲りずに期待を抱く自分がそこにいたりする。しかし、そこは年を重ねてきた身、かつてのように、一応期待をするも、それがなかなか現実にならない「がっかり」にも慣れてきて、若い時のような落ち込み方はしない。「まあ、世の中、こんなものよ」てなものである。例えば・・・人に親切にしても、その人から感謝の態度が微塵も見られない、とか。それは明らかに、自分かその人からの見返りを期待しているから、そういう風に思えるわけで、最初から何も期待しないで「自分はその人に親切にしたかったから、しただけ」くらいの気持ちで片付ければ、気は楽なのだ、ということを彼らから学ばされるのである。逆に、全く期待もしていないのに、人から思いがけない気遣いや、親切にされた時などの、嬉しいこと、嬉しいこと。お涙ものである。「ほら、世の中、まだまだ捨てたもんじゃない」と、すっかり上機嫌になったりもするのである。特に、モノをもらった時、ご馳走になった時など、ひっくり返りそうになるくらい、嬉しい! ねっ、私を喜ばすのは、ほんとに簡単でしょ。ウフフフ。 (Belle)
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jinnno-san わたしに期待してもいいこと : ① 美味しいご飯 ← 見かけによらず、作れちゃうんだなー、これが。なぜか、必ず 「ご飯作れない人」 カテゴリーに入れられるんだけど (笑)。② 見た目の良い料理 ← これももちろん信用されない、なぜ? (笑)。 ③ 楽しい飲み仲間!← 自慢 ? 先日、自衛官の方々と飲んだら、楽しかったのか、次の日も呼ばれた (笑)。④ 楽しい会話ー! ← 自分で言うのもアレですが「なんで漫才師にならなかったの?」と言われる・・・ (笑)。⑤ どこでも寝られる ← ベッド用意してくれなくて、いいよ (どういう意味?) (笑)。⑥ 運転、速いっ! ← あ、うまいってことね (笑)。逆に、わたしに期待してもらっちゃぁ、困ること : ① 早寝 ← お泊りに行ったらいつまでーも、起きてるよー! ② 早起き ← 一緒に旅行に出かけると迷惑なタイプ (笑)。③ 1日3食 ← 3食きちんと食べる人とは旅行にいけない (というか、相手が嫌がる) (笑)。 ④ つまらない宴会 ← わたしがその場にいながら、これは決してありえない! (笑)。⑤ 記憶 ← 今書いてること、今日中にぜーんぶ忘れてるから (笑 !)。 (那月と彩雲と満星が姪)
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現在、7歳と5歳の娘がいる。娘たちにはピアノとバレエを習わせているが、バレエは母親の私の体がガチガチに硬く、猫背で後悔しているため、柔軟で姿勢の良い子になってほしいという親心から習わせている。ピアノは指を動かすことが脳の刺激にもなるし、取りあえず続けておけば、将来ピアノの先生もできるかも〜などという軽い気持ちで通わせている。自分の子供だし、将来バレリーナやピアニストになってもらおうという大それた気持ちはないが、ちょっと先生に褒められると「えっ、やだ、ウチの子才能あるかも!?」と淡い期待を持ってしまう私は、かなりの親バカだ。実は私も、幼稚園から高校までエレクトーンを習っていたのだ。しかし、全然楽しいと感じたり、興味も持てなかったので、勉強や部活を理由に高校1年あたりでやめてしまった。長いこと習っていたにもかかわらず、たいしてエレクトーンを弾けない私のちょっとした秘密。・・・が、子供たちは私のようにはならないことを願い、自分のことは棚に上げて、こっそり期待させてもらっている。 (SU)


(2017年7月16日号に掲載)