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 shinji-san.gif   寄る年波?のせいだろうか。最近は「何とかなるさ」とタカをくくる人生観とは無縁になった。物事には須 (すべから) く原因と結果があり、自分が置かれている状況も、その因果の範疇に招き寄せた必然なのだろう。「深く考えずに生きてきた」と人は言うが、人生の折節、岐路の選択には誰もが自ら決断を下している。先月、日本に帰って驚いたのは空前の占いブーム。TV、ラジオ、雑誌、インターネットを問わず、星座、干支、九星、血液型までを駆使して「今日の運勢」が大はやり。占いで人生、何とかなるさという遊び感覚ではなく、時代の閉塞感が招いた特異現象に思えた。占いを神託のように妄信する人もいるのだから…。京セラ創業者の稲盛和夫氏だったと思うが、困難に直面した時、業 (ごう) が吐き出される好機と解釈するという。苦の中に慶びがある。徳と業で積み上げられた人格のリセットは難しい。楽しく生きる姿勢は大事だが、人生の要諦を押えておかないと、思わぬ虚無と不安が襲ってくる。(SS)
     
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sato-san.gif   ▽里帰りしたとき、父親が手土産として鞄に本を忍ばせてくれた。霊能者・江原啓之の 『人はなぜ生まれいかにして生きるか』。人間は死んだ後、霊的存在としてあの世へ行き、再びこの世に戻ってくる。人生とは魂の修業場で、前世で足りなかったものを体験するために自分で決めて戻ってくる。今年の夏、実家では「オーラの泉」が炸裂していた。▽ここ数年、スピリチャルパワーの話を聞かされることが多い。実際、米国のモンロー研究所で体外離脱を経験した友人もいるし、精神科医・ブライアン・ワイス『前世療法』のセッションを受けてきた知人もいる。▽凡人の私には、にわかに信じがたい話だが、「今関わっている人々が前世のどこかで関わっており、何かを学び、解決すべき課題を持ちながら生まれ合わせている。自分は永遠の存在で、あらゆる霊的武器を備えているから、この世の中には心配することなど何一つない」。そのように考えたほうが、もっと楽に真摯に生きられような気もする。「ダイエット 夏やせせずに 秋ふとる」 (NS)
     
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  「The Secret」という本がアメリカでかなり話題になっていたので、夫のおばさんが私達にプレゼントしてくれた。まだ全部読み終わっていないけど、書かれているポジティブな考え方、生き方などの内容は、本当に意味深い。誰にでも分かるような人生の基本的な哲学かもしれないけど、実際にそのような考えを持っている人はかなり少ないのではないかと思う。例えば…困った時に「うまくいくように…絶対大丈夫だ…自信がある…」と思うと何故かいい結果が出る。「こんなのは絶対無理だ…私には出来ない…私がかわいそう…全部 XXさんのせいだ…」とのネガティブな考えを持つと何もかもうまくいかない事が多い…など。私は大人になってから、結構ポジティブな性格になったと思う (偉そう?)。これからもポジティブな考え方で、いつも胸を張って人生を歩いて行きたい。どんな問題があっても何とかなるさ! (S.C.C.N.)
     
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  「なんとかなるさ♪」… これって普段の私の生活っぽい。〆切がある仕事面ではこうはいかずピリピリもしますが、プライベート面では私はかなり楽天的です。例えば、車を運転していて迷ってしまっても、「ま、その内どこか知っている所に出るでしょう」て感じで全然平気だし、テストやインタビューなどの重要なイベントが目前に控えていても「きっとなんとかなるでしょう」と結構のんきです。そういえば、小学校の通信簿の生活の欄にはいつも “落ち着いている” と書いてありました。でも実は、のんびりしているので落ち着いているように見えただけかも。母には「あんたは極楽トンボだから…」とよく言われていました。なので子供の頃は「そっか、私って極楽トンボなんだ〜」と、意味は分からないけど褒められた気分になっていました。でも今考えてみると 「極楽トンボ」って全然良い意味じゃない。実の娘にちょっとひどいぞ…。 (YA)
     
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  私は昔から何事も行動に移すのが遅かったせいか、人から石橋を何度も叩いて渡る慎重派と思われる節があった。でも、自分のこれまでの人生を振り返ってみると、まったく慎重派なんかではなく、ここぞというところでは「何とかなるさ」のお気楽精神で切り抜けてきたよな〜と思う。例えば、タイに一人旅に出かけた時。宿は向こうに行ってから適当に探すという私を不安に思った旅行会社の人が、叔父に連絡を取り、叔父からバンコク滞在中の注意事項をたくさん聞かされた。TOEFLのスコアが足らないにも関わらず半ば強引に面接官を説得し、選考試験を通過してアメリカに交換留学を決めた時。 彼はアメリカ、私は日本という遠距離恋愛を数年間していた時。  結婚のために前の仕事を辞めて両親・弟・愛犬を残し、はるばるサンディエゴまでやって来た時。何事も慎重になることは大切だけれど、その時が来たらあまり先を読まずスパッと行動に移すこと、これがもっと大切だと私は思う。(RN)
     
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shiori-san.gif   ・・・私みたいな無計画で考えなしの人間がこれまで割と普通に生きてこれたのは、ホント人生 「何とかなるさ」 の証拠だと思う。私がよく使うフレーズは 「ま、死にゃーしないから (大丈夫)」。コンピュータがクラッシュしたときなんかに使うと「生きてるから問題なんだよー」とか反論される。明日、1か月後、5年後、20年後…人は自分が生きていると思うから先々のことまでいろいろ悩む。確かに「明日のお昼に交通事故で死ぬよ」って分かっていたら、どれだけ借金があろうと、どんなろくでなしが彼氏でも関係ない訳である。でも、みんな未来なんて分からないから 「絶対これは成功するゼっ」って無理して投資したり、「コイツ結構いいかも!」とか思って付き合うわけだし…。で、ハズれたときは「ま、何とかなるでしょ」って、あんまり重く考えないのがさらっと乗り越えるポイントな気がする。このお題だって「何書けってんだよ〜」なんて思ったけど、一応「何とか」なった…よね? (SM)
     
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  私は、心配性のところもあるが、究極的には後先を余り深く考えない超楽天主義である。後先どころか、物事自体を深く考えない。常に「ケセラセラ」、なるようにしかならない … である。いくら考えたって、事態が自分の力でどうしようもないものを必要以上に心配したり、考えたりするというのは、時間もエネルギーも無駄というものだ。かく言う私も、かつて東京で勤め人をしていた時、出版社を辞めるかどうか大いに悩んだ。辞めて、仕事は?家は?次に収入のいい仕事が見つかるだろうか、心配だったからだ。すでに月々10数万円のローンを抱えていたから、それが払える生活ができるかが心配で、なかなか辞められなかったのである。しかし、勇気を持って辞めたら、これが実に「案ずるより産むが易し」。会社を辞めて、3年間まともに仕事をすることもなく、ヨーロッパとアジアで遊び呆けたが、その間の家のローンも何とか払っていけた。そして、挙句にはサンディエゴ生活も手に入れられた。まさに、何とかなるさ、なんとかなったさ!のクチである。 (Belle)
     
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jinnno-san.gif
  (周りの友人たちは持っているマイ・スイート・ホームがなくても〜 + かろうじて半年は生きていけるだろうというだけの貯金しかなくても〜 + 老後の心配を少しはしろっ〜 + ハニー (彼氏) がいなくても (または、、おめぇ〜、冗談だろ?というスットコドッコイしか寄ってこなくても) 〜 + エアコンなし*夏は窓全開*ラジオの音ぜんぜん聞こえません*雨漏り&走行マイル数が21万マイル超えている車に乗ってても〜 + キューバでめちゃめちゃカッコいいキューバ男子数人にナンパされて「私、結構いけてんじゃーんっ」と一瞬の喜びと分かっていても、実は大喜びしているアホな私でも〜 + (お日様が昇るまで飲み歩き + 寝不足) 2 x 5日間=血尿発生!で、ビックリして保健婦の姉に相談したら医者に行けとあっさり言われたが緑茶ガバガバ飲んで自然治癒力で回復したぞぉっ〜) = X (お答え…お題の通り) (満星と那月と彩雲のおば)
     
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  今回は「長崎弁講座」でいきたいと思う。「何てことないさ」を長崎弁で言うと「どがんもなか」となる。例えば、大量の食料品を両手に抱えて自宅まで徒歩で帰る時、馴染みの店員さんは「大丈夫やろか?」と不安そうに尋ねる。そこで「こんくらい、どがんもなかよ」と答える。「何とかなるさ」は「どがんかなるやろ」である。「6時までに家に帰らんばお父さんに怒られるとじゃなか?」「まぁ、どがんかなるやろ」という感じ。ところで、長崎弁には「とっとっと」という不思議な センテンスがある。これは語尾を上げたり下げたりして肯定文でも疑問文でも使える。意味は「品物などを確保 (保管) している」 である。「そのケーキ、あんたがとっとっと?」「そう、とっとっとよ。食べんでね」となる。この辺がうまく使えるようになると上級者と言えるだろう。 (JG)
     
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 (2007年10月1日号に掲載)
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