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1.jpg サンディエゴ小史(1)〜 カブリヨとヴィスカイノ 〜
スペイン国旗の下に参じて航海の旅を続けていたポルトガル人のホアン・ロドリゲス・カブリヨ(Juan Rodrigues Cabrillo)は、1542年6月27日、自分でも建造を手掛けた2隻の船・・・サンサルバドル(San Salvador)号とヴィクトリア(Victoria)号を従えて、メキシコのナヴィダッド(Navidado)を出港した。 続きを読む
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2.jpg サンディエゴ小史(2)〜 1769年のサンディエゴ入植 〜
セバスチャン・ヴィスカイノに続いて、別のスペイン人がサンディエゴの地を踏んだのは1769年のことだった。ヴィスカイノ入港後、何と167年を経た後である。その頃、「ロシアがカリフォルニアを狙っている」という風説を懸念したスペイン国王は、メキシコに対してカリフォルニア入植を命じる。「サンディエゴを永遠の入植地に」というヴィスカイノの夢は、遂にこの時、実現の運びとなった。
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3.jpg サンディエゴ小史(3)〜 サンディエゴ伝道所 〜
セラ神父によって1769年に建てられたサンディエゴ伝道所(Mission San Diego de Alcala)は、当初、プレシディオの敷地内にあった。現在のミッションバレーの地に移ったのはそれから5年後のことだ。プレシディオの東側に伸びるサンディエゴ川に沿った渓谷の一帯は原住インディアン、ディエグェノス族の居住地だった。
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4.jpg サンディエゴ小史(4)〜 オールドタウン  自治体の誕生 〜
1769年の入植者によって開墾されたプレシディオヒルの敷地は垣根で覆われ、天然のシバによる小屋が建てられた。その屋根はチューリー(カリフォルニアを中心とした湿地帯によく見られる大イグサ)で造られているのが特徴だった。当初、この要塞のような居住地には女性の姿が見られなかったが、やがて所帯を持った兵士たちがメキシコから駆り出され、家族数も増えていった。
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5.jpg サンディエゴ小史(5)〜市制施行と軍需産業の興隆〜
アメリカ—メキシコ戦争終結の翌年、1848年に取り交わされたグアダルーペ・イダルゴ条約により、サンディエゴはアメリカ合衆国に組み入れられ、1850年3月27日に市制が施かれる。同年、新しい波止場と倉庫が現在のダウンタウンに建設され、新たな街づくりの第1歩を踏み出す。市制施行当時のサンディエゴの人口は650人、郡全体では798人、カリフォルニア州全域では92,597人を数えた。
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6.jpg サンディエゴ小史(6)〜観光都市&コンベンションシティ〜
1980年代にはもう一つの重要な産業がサンディエゴに台頭してくる。観光産業がそれだ。美しい海岸、世界的に有名な動物園、シーワールド、カリフォルニア発祥の地オールドタウン、斬新な空間コンセプトのホートンプラザ、そして最高の気候条件——サンディエゴには人々を引きつけてやまない魅力が溢れている。
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7.jpg サンディエゴ小史(7)〜シリコンボーダーの未来像〜
過去15年間におけるサンディエゴの産業構造の変化は著しく、21世紀を迎えた今、IT、バイオテクノロジー、テレコミュニケーション分野の急成長ぶりは世界の注目を集める。特に、サンディエゴに本社を置くクアルコムが開発したCDMA方式 (符号分割多元接続方式) は高速データ通信を可能にし、ワイヤレス市場で主導権を握り、米国内のセルラーフォンとPCS市場のみならず世界戦略への道を突き進んでいる。
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