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学校と父親に対する反抗心は旺盛だった。中学時代に仲間と徒党を組み、出力増幅用のブースターを備えた小型FM送信機で微弱電波を発信し、町内に届く海賊放送を夜ごと流していた。教師から受けた理不尽な扱い、校則の矛盾を揶揄 (やゆ) しながら笑いを誘うニュース形式で読み上げるというもの。これは生徒間に人気があった。表向きは良い生徒を演じ、陰で批判する
——。
正攻法とは言えない反抗態度だった。ある日、理解のある英語教師から「面白いことをしているな」と耳打ちされて驚く。内心穏やかではなかった。弱い電波でも非合法だし…。干渉度の強い父から逃れる目的で東京の私立高に進学。解放感に満ちていたが、食事の世話をしてくれる叔母さんが病気で長期入院。近くの和食処と契約を結び、毎晩同じカウンター席で夕食を取ることに——。大人の中に15歳の高校生が1人だけ。あの侘びしさは、今思い返しても切ない。自由を満喫しつつ、いつしか家庭的な温もりを求めていた意外な自分を発見する。 (SS)
▽子供のころ、実家が千葉で小さな八百屋をやっていた。店のシャッターから出入りをするので、家には玄関がなかった。やさしい母親がいつも居るさっちゃんの家のような「玄関のある家」に憧れていた。ある日自分で、かまぼこの板にマジックで名字を書いて表札を作り、風呂場がある勝手口に掛けた。家族も店の客もみな苦笑していたが、そこが私の玄関口となった。▽朝4時に市場に行き、深夜に漬物をつける。休みは元日1日のみ。親が忙しく働いていて子供に手が回らなかった分、バリバリの反抗期に突入した記憶がない。子供は反抗期を経て、大人になっていく。そういう時期がないと大人になってから爆発するらしい。旦那にそう言ったたら、「確かに、今お前はオレに反抗している。しのほの言わずに、まず、やせろ!」と言われた。「ダイエット 自分やせずに 旦那やせ」 (NS)
私は結構静かで言葉が少ない平凡な子供だった (「えー?嘘っ!」と周りの人々から言われる)。いてもいなくても、誰も気が付かないような存在だつた。反抗なんて、私の記憶には全くない。長女なので、2人の妹が何か問題を起こすと、両親は全部私のせいにした (なぜか未だに分からない)。美術の先生をしていたお母さんによく2〜3時間平気で叱られていた。そのとき私は何も言わず、ずっと泣いていただけ。そのうちお母さんも私も疲れた頃、「今日はここまで」と言われてそれで終了。しつけの厳しい親なので、一時は「絶対に私は彼らの本当の娘じゃない」と思っていたこともあった (これって精神的な反抗??)。でも、考えてみれば、私は両親の意に反して日本に渡り、2人の反対を押し切ってアメリカに来た。「縁を切らずにずっと私をサポートしてくれている両親は、やっぱり本当の親だね」と嬉しく思う^-^。 (S.C.C.N.)
さあー? 自分では特に反抗もしなかった気がするけど・・。一般的に第1次反抗期は3〜4歳、第2次反抗期は中学生くらいらしい。3〜4歳といえば幼稚園に通っていたかな。◇幼稚園のころ・・・。そういえば、朝「行きたくない〜!」と泣いて母を困らせていた時期があったかも。でもそれは反抗期だからではなくて、同じ組のある男の子に 「てんくりババア」と言われたのがショックだったからだったな。(今思うと何でそんなに嫌だったのか分からない。大体“てんくりババア”ってなんだろう…) ◇中学生のころは、普通に学校に通って、たま〜に部活にも顔を出し(ほとんどユーレイ部員の美術部員だった)、時々友達とも遊ぶけど、けっこう家にいるのが好きだった。両親が共働きだったので家事の手伝いもしていたし、母や妹と出かけるのも父と過ごすのも好きだったし、割と扱いやすい子だったんじゃない? (YA)
中学生の頃が親に対して一番反抗的だった。ああ言えばこう言うで、口答えもよくしたし、子憎たらしい事もたくさん言っていた気がする。私に言い返されてムッとなる母とはよく口喧嘩に発展したけれど、父のほうは「そういう考え方もあるな〜。お父さんが思うに…」と、話がどんどん違う方向にずれていくことが多く、反抗のしがいがなかったのを覚えている。反抗期の子どもにうまく対処するための作戦だったと取ることも出来ないことはないが、父の性格を考えると、あれは天然のリアクションだったのだろう。今も造形教室を主宰している父は毎日いろいろな子どもと接しているが、反抗的な子に対して、きっと私にしたような接し方をしているんだろうなと思う。正論を唱えて反抗することをやめさせようとする大人が多い中、思ってもいない意外な反応で切り返してくる父みたいな人がそばにいると、反抗期も良い形であっけなく終わるんじゃないかなと思う。 (RN)
がっしゃ〜ん! バキ、バコっっ!!「きゃー! ハナコ、ゆ、許して〜。母さんが悪かったわ・・・」「あー? 悪かったってアタイを産んで悪かったってことかよー!」ぼこっ!「えぇ?応えろよババアぁ!!」・・なんて派手な反抗期はなかったよ。とりあえず「金属バット・シンナー・煙草」という非行の三種の神器とは無縁できた。「脱色・パーマ・アントワネット級に長いスカート」って、「まぁ、そこまでやる勇気も気合いもないけど、やっぱちょっとは悪ぶってみたいじゃん」レベルのことはほとんどやったけど。私の母が独裁者級にコワイ人だったので、それだけでもかなり勇気がいった覚えがある。中学後半・高校時代はその独裁者を説得する自信もなく、かと言って彼女の言いなりにはなりたくないという情けない状況の中、ひたすら無視を決め込み、勝手に進路を決め、独断で一人暮らしの計画を立てていた。当然うちはギクシャク、ピリピリ… そんなの誰も楽しくないし、そんな家、誰も居心地よくないんだけどね。ま、どんな小さな国でも独裁は無理が多い。レベルの差はあれ、反抗期は誰でも通る道 …ってことかな。 (SM)
子供のころ、6つ違いの姉がよく口答えどころか、激しく母親をなじっている姿を見るにつけ、「母に向かって、なんてひどい姉なんだろう」といつも思っていた。のに、自分がその頃の姉の年齢に近づくと、6年前に思っていたこともさっさと忘れて、姉と同じことをし始めた。その時代、ほとんどがそうであったように主婦業だった母親の、父親の言いなりになっている、されている、しょぼくれた彼女のふがいなさが、子供心に情けなかったのだ。どうしてもっと自分の言いたいことを言って生きないのか、歯がゆかったのだ。そして反抗したまま、私は上京した。すると、下宿先に母親からの小包が毎月のように届く。開けてみると、手作りの下着や小物、毛糸のパンツなどに混じって、私の大好きな袋菓子がいつも添えられている。母親の愛情が山ほど詰まった箱を開ける度に涙が溢れ、私は自分の愚行を悔やむ。毎月悔やむ。そして親孝行を誓う。そんな上京1年目の1月、突然母はこの世を去った。行き場を失った後悔の念が、今も私の中にしっかりとある。 (Belle)
中学生のときに、親とではなく、友達とまたは一人で買い物に行くのが楽しくなり始めた時期ってありましたよね〜? アルバイトで貯めた自分のお金で買い物をし始めたときは、今考えると「なんてくだらないものを買っていたんだぁ?」と、ほんと、無駄遣いばっかりしていた自分が情けない!! 例):ちびっこサイズの私にはウエストが大きすぎて似合わない大人のスカート、値段ばかり高いブランド品、その名もコム・サデ・モードとやらのただの上着 ¥30,000相当、今では絶対被らないヘンな帽子 (いや、ちょと待て。今もヘンな帽子は買い集めている)、これまた値段だけ高いヘンなカバン・・・と諸々ございますが、中でも、今は気が向いたら使うかも?しれないけれど、その昔はなぜ買ったのか今も不明なのが、、、「はんこ (判子)」。洋風デザインのフクロウ、ウサギ、鳥などの絵柄でインクの色は虹色。確か、イギリス製。1ヶ¥800とかするのを何十個と買って机にしまっていた。末尾になりましたが、これがわたくしの「はんこ期」・・・ あれ? ・・・お後が宜しいようでぇ〜・・・。(満星と那月と彩雲のおば)
私が中学生の頃、『積木くずし』が大流行した。非行に走る娘と家族の葛藤を記した俳優・穂積隆信の自伝でベストセラーとなり、TVでもドラマ化された。その人気は異様なものがあり、当時は社会現象とまで言われた。私は母に勧められて本を読み、ドラマも映画も見た。突然暴力的になったり、シンナーでハイになったり、仲間に嬲 (なぶ) られたりと、非行って怖いなと思った。一方で、 マンガ 『ホットロード』 も流行り、こちらはセンチメンタルでロマンチックだった。これなら非行に走るのもいいかもと夢想に耽ったものである。現実は、私の反抗期は周囲に当たり散らす勇気もなく、ひたすら家で母親に怒っていた記憶があるが、その後は父に怒鳴られて、シュンとしていた。 同級生の中にも髪を染めてタバコを吸ってというグループがいたが、そういう人たちに限って数年後にはすっかり大人びたりしていて、取り残されたような気がしたものである。 (林潤子)
(2008年7月16日号に掲載)
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